「配当生活」と言う考え方

昨日は、「株研究同好会」と称して、集まった。株に対しての考え方とか、スタンスを紹介したり、株を通じて、今の経済を読み解く。そんな事を目的とした会合だ。

私のスタンスは、このホームページで紹介している通りだが、人が違えば、当然、そのスタンスも違う。こうした会合を通じて、それを知る事は、とても貴重な体験となる。

印象的だったのは、「配当生活」と言う考え方だ。株からの配当が生活に必要な額に達すれば、働く必要がなくなると言う考え方。普通のサラリーマンが、生活に必要な金額を配当から得るには、1億円以上の株資産が必要になる。1億と聞いて、初めから不可能と考えるのか、どうやったら可能になるのか、それを知りたいと思うのか、そこが分かれ道の様な気がした。そんな「配当生活」を実現した人は、現実に居るし、ネットで「配当生活」をキーワードに検索すれば、ヒットする数は、1つ2つではない。

所で君はと、自分自身に株研究の動機を問い掛ければ、生活の為ではない。金持ちになりたい。これもまた、実現できるのか出来ないのか、無謀な挑戦かも知れない。金持ちになれたとして、どうするのだと心に問えば、金持ちになる事が、それ自身が目的で、その金で、何をするとか、そう言った物は無い。それは、どうやら自分の本心だ。金持ちになれたら、その金を恵まれない人に分けるのかと問われたが、たぶんしないと答えた。

高校の同窓会の為に、幹事で集まった。その時、こんな話を聞いた。生活保護を受けている人には、感謝の心がない。全員がそうでは無い事ぐらい分かる。だが、そう言う人が居る訳だ。自分が生活保護を受けざるを得ないのは、運命でも良い、社会でも良い、自分ではない何か、他の事が有って、それが悪いからで、生活保護は、云わばその代償だとする考え方だ。だから、感謝ではなく、当然の物だと。こうした考え方は、実は大なり小なり、誰にでもあると思う。

何十万人に1人か、何百万人に1人とか、とにかく、東京都の人口換算でも、都知事になるより難しいとされる宝くじ。それを、もし、10億円が当選したら、どうするかと家の奥さんとで妄想する。家を直して、どこどこは、生活がきつきつだから分けてあげたいとか、そんな事を言う。それを聞いて、そんな事をしても、見かけの感謝だけだし、本当の意味で金額相当分の感謝は、されない。分かってないなと心でつぶやく。

そう思う自分はと言えば、株を買う。妄想の話だが、実現してもそうするだろう。とにかく、そうした金は、全部株に回す。そう、5%以上の配当の株を買う。税金を払っても、手元には4000万円が手に入る計算だ。だが、4000万円の豪華な生活をしたい訳ではない。妄想が実現しても、生活に必要な分以外は、使うべき当てもない。

宝くじは、まず当たらない。少ない手持ち金で、コツコツをリスクを懸案しながら、株式投資を継続する。その先に、ウォーレンバフェットの様な、金持ちへの道が有るのか、おそらく無い。目標とする年10%のリターンを一生の間、実現できても、ウォーレンバフェットの様には、なれない。元金が少ないからね、計算が、不可能だと、それを示している。でも、何時の日か、金持ちになる事を目標に、株式研究を継続したい。

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